彼は女を寝床へねせて、その枕元に坐り、自分の子供、三ツか四ツの小さな娘をねむらせるように額の髪の毛をなでてやると、女はボンヤリ眼をあけて、それがまったく幼い子供の無心さと変わるところがないのであった。私はあなたを嫌っているのではない、人間の愛情の表現は決して肉体だけのものではなく、人間の最後の住みかはふるさとで、あなたはいわば常にそのふるさとの住人のようなものなのだから、なぞと伊沢も始めは妙にしかつめやしくそんなことも言いかけてみたが、もとよりそれが通じるわけではなのだし、いったい言葉が何物であろうか、何ほどの値打ちがあるのだろうか、人間の愛情すらもそれだけが真実のものだという何のあかしもあり得ない、生の情熱を託すに足る真実なものが果たしてどこに有り得るのか、すべては虚妄の影だけだ。
白痴 『坂口安吾 著』

坂口安吾は日頃から女性をリスペクトしていた人で、男性にない素養を持つ崇高な存在と理解していたともいわれています。本作では、異彩を放つ一人の女性を介し、イノセント(無垢)の意を追求する試みがなされています。
無垢であるがゆえに、主人公が感じることのできない生精神世界に生きる『オサヨ』。そんな彼女を、労わるような優しい心情を持ちながら読んで見ると共感度がアップしますね。
白痴 坂口安吾
敗戦間近の蒲田ですさんだ生活を送る演出家の伊沢は、隣家に住む知的障害のある女の存在を知る。ある日、伊沢が夜遅く仕事から戻ると、その女が押し入れに隠れているいるのを見つける。その日から、伊沢と女との奇妙な同居生活がはじめることになる。

コメントを残す