宮重大根のふとしく立てし宮柱は、ふろふきの熱田の神のみそなわす、七里のわたし浪ゆたかにして、来往の渡船難なく桑名につきたる悦びのあまり・・・
と口ずさむように独言の膝栗毛五編の上の読み初め、霜月十日あまりの初夜。中空は冴切って、星が水垢離取りそうな月明かりに、踏切の桟橋を渡る影高く、灯ちらちらと目の下に、遠近の樹立の骨ばかりなのを視めながら、桑名の停車場へ下りた旅客がある。
月の影には相応しい、真黒な外套の、痩せた身体に些と広過ぎるを緩く着て、焦茶色の中折帽、真新しいはさて可いが、馴れない天窓に山を立てて、鍔をしっくりと耳へ被さるばかり深く嵌めた、あまつさえ、風に取られまいための留紐を、ぶらりとしなびた頬へ下げた工合が、時世なれば、道中、笠も載せられず、と断念めた風に見える。年配六十二、三の、気ばかり若い弥次郎兵衛。
歌行燈 泉鏡花

泉鏡花の作品は幻想的で荘厳なものが多く、これを好んだ坂東玉三郎により歌舞伎の演目にも多用されています。時代背景も今とは違いますし、音読するうちにアナザーワールドへといざなわれたような心持ちになります。
文章が『。』で細かく途切れずに、言葉遊びが幾重にも小気味よく連なっているのがこの作品の最大の魅力ですね。



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