『あ、そうだそうだ』その時私は袂の中の檸檬を憶い出した。本に色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試して見たら。『そうだ』
私にはまた先程の軽やかな昴奮が帰って来た。私は手当たり次第に積み上げ、また慌ただしく潰し、また慌ただしく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取去ったりした。奇怪な幻想的な城が、その度に赤くなったり青くなったりした。
やっとそれは出来上がった。そして、軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。
見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の諧調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。
不意に第二のアイデアが起こった。その奇妙なたくらみは寧ろ私をぎょっとさせた。
ーーーそれをそのままにしておいて私は、何喰わぬ顔をして外へ出る。ーー
檸檬 梶井基次郎
レモンには不思議な存在感があります。疲弊する現代人が手に取ると、色や香りが生む清々しい空気が一瞬で意識を回復させてくれます。自然の持つ力と、人も自然の一部であることなどを思い起こさせてくれます。

人類が積み上げた知の象徴である書籍の上に自然物のレモンが乗った瞬間、まるで王者のようになってしまうという発想は秀逸ですね。

檸檬 梶井基次郎
主人公の男子学生は持病の肺尖カタルや精神疾患、借金取りから追われる日常に心が押しつぶされそうになっている。ある日、果物屋でレモンを一つ買った主人公は、ふと立ち寄った書店でそのレオンを画集の上に乗せてみることに思いつく。
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