それからあの良秀が、目前で娘を焼き殺されながら、それでも屏風の画を描きたいというその木石のような心もちが、やはり何かとあげつらはれたようでございます。中にはあり男を罵って、画のためには親子の情愛の忘れてしまう、人間獣心の僧都様などは、こういう考えに味方をなすった御一人で、『如何に一芸一能に秀でようとも、人として五常を弁えねば、地獄に堕ちる外はない』などと、よく仰有ったものでございます。
ところがその後一月ばかり経って、いよいよ地獄変の屏風が出来上がりますと良秀は早速それを御邸へ持って出て、恭しく大殿様の御覧に供えました。丁度その時は僧都様も御居合わせになりましたが、屏風の画を一目御覧になりますと、さすがにあの一帖の天地に吹き荒んでいる火の嵐の恐ろしさに御驚きなすったのでございましょう。それまでは苦い顔をなさりながら、良秀の方をじろじろ睨めつけていらしったのが、思わず知らず膝を打って、『出かしおった』と仰有いました。この言を御聞きになって、御殿様が苦笑なすった時の御容子も、いまだに私は忘れません。
地獄変 『芥川龍之介』
あ ら す じ
堀川の大殿に庇護されている絵仏師・良秀は、大殿に地獄編の屏風絵を依頼される。良秀は燃える牛車の中で、上臈の悶え苦しむさまが見たいと願い出る。その夜、猛火につつまれた車に縛られていたのは、良秀の娘の死にざまを目の当たりにしながら、筆を走らせる。屏風絵が完成した次の夜、良秀は自殺する。

感想
狂気と正気の狭間に生きる絵仏師の心情が、激烈な物語に乗せて描き出されています。
芸術のためには地獄の淵さえのぞいてみたくなるという究極のエゴイズム。その情念を作品を読みながら感じ取ってみ
たくなりました。

醜い容貌で性格もねじ曲がっているという良秀は、普段どんな思いで芸術に
組んでいたのか。また、芸術にとりつかれた絵仏師と残酷な大殿様。2人の
心おやりとりを想像しながら読んでみるといいですね。
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