江戸時代には、3種類の学校がありました。塾と藩校、もう一つが寺小屋です。これらの学校で、いろいろな本が教科書として、はじめて使われました。
塾や藩校は、さむらいの子どもたちがまなぶ学校です。こも頃は、勉強というと、中国の古い学問を、身につけることでした。そこで、塾や藩校の教科書として、中国の孔子という人が書いた『論語』などが使われました。
一方寺小屋は、町人や農民の子どものための学校です。ここでは、毎日の生活にすぐ役に立つようなことが、教えられました。子どもたちは、読み・書き・そろばんを勉強しました。

はじめは『いろは』や『一二三』などの、簡単なものが載った教科書が使われましたが、少し進むと、『商売往来』、『庭訓往来』といった、往来物で勉強しました。

往来物とは、手紙に使う挨拶やことばなどを載せた本のことです。これは、平安時代に、ほんものの手紙を習字の手本にしていたのがおこりだと言われています。

なるほどコーナー
明治時代の教科書
1872(’明治5)年、明治新政府は『学制』を発布して、義務教育の制度をさだめました。そのとき小学校で使われた教科書は、『小学校読本』tpいい。アメリカのウイルソン・リーダーをまねしたもので、さし絵もおなじものが使われていあした。
現在の教科書
現在、みなさんが使っているような教科書がつくられるようになったのは、1903(明治36)のことです。その頃の教科書は、国でつくっていましたが、今は、いろいろな出版者社で作られています。
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