健康あっての教師人生

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泣く子はいねぇが 995/DEC.1

泣く子はいねぇが!

STORY

「ガンバレとかうるせぇ」「歩けない僕らは」などの短編で高い評価を受けてきた佐藤快磨監督の長編劇場デビュー作。是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」が企画協力し、佐藤監督の地元・秋田の伝統行事「ナマハゲ」を盛り込みながら、大人になっていく20代の若者たちの姿を描く。秋田県・男鹿半島で暮らす、たすくに娘が誕生した。たすくが喜ぶ中、妻のことねは子どもじみていて父になる覚悟が定まらない夫に苛立ちを募らせていた。大みそかの夜、たすくは妻と「酒を飲まずに早く帰る」と約束を交わし、地元の伝統行事「ナマハゲ」に参加する。しかし、酒を断ることができずに泥酔したたすくは、溜め込んだ日頃の鬱憤を晴らすかのように「ナマハゲ」の面を付けたまま全裸で街へと走り出し、その姿がテレビで全国に放送されてしまう。ことねに愛想を尽かされ、地元にもいられなくなったたすくは逃げるように東京へと向かう。それから2年、東京にたすくの居場所はなく、たすくの中に「ことねと娘に会いたい」という思いが強くなっていく。たすく役を仲野太賀、ことね役を吉岡里帆が演じるほか、寛一郎、山中崇、余貴美子、柳葉敏郎らが顔をそろえる。

感想

おはようございます。公開を楽しみにらしていた本映画。このコロナの苦難な年を最後に切実な映画を観た。

大人になりきれない主人公が、なまはげの仮面の中で叫んでいる。

何に対して、そして誰に対してさけんでいるのか。その辺りを視点にして観るとさらに共感できます。

教育的機能をもつなまはげ】

なまはげは伝統的民族行事であるとともに、東北地方においては幼児に対する教育の手段として理解されている。

親は幼児に対し予めなまはげによる強い恐怖体験を記憶させ、そのあと幼児に対し望ましくないとみなされる行為を行った場合、その恐怖体験が再現される可能性を言語的手段によって理解させるている。

たすくは、どうしても娘の凪にやらなければならないことが一つだけあった。それがラストのあのシーンです。

元夫として、最後のチャンスとして、妻は神の使いであるなまはげに、父性を一時的に授けることを認めた。

なまはげの顔の奥には、威勢の良い声とは裏腹に、悲しげな表情が見てとれた。

許された僅かな時間は、無慈悲にもすぎていく。声にならない叫びを訳すとこんなかんじだろうか。

おい、凪!父ちゃんだ。よく聞けよ。もう父ちゃんとは会えなくなるけど、悲しまないでくれ。母さんと一緒に幸せになってくれよ。もし道に迷うことがあったら、子の日のなまはげを思い出してくれよ。

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