今月の25日に開業90周年を迎える浅草駅。

もうそんなに経つのかと鉄道雑誌を見て思った。人それぞれ駅にはそれなりの思い出がある少しはあるのではないでしょうか。生まれ育った故郷の駅、出会いや別れを彩った駅、はじめって知った都会の空気。学校の登下校で乗車いた駅など。そしてその思い入れのある駅はその場所の空気(におい)とセットである。
私の故郷の駅は東武伊勢崎線の「野州山辺」駅のにおいはこんな感じである。まず駅の自己紹介をすると、都道府県でいうと栃木県足利市に所在する。今は自動改札はできて立派な駅になったが、少なくとも私が学生の頃はまだ「無人駅」であった。朝夕の通勤時を除けば、ほぼ1時間に1本である。

駅の改札をおりると、暇をもてあましたタクシーのうんちゃんたちが、煙草をふかしながらゴルフのスイングを毎回していたり、車内で昼寝をしている。あるいは、学校を休んだで不良の兄ちゃんが、「今日の暇のつぶしかた」を永遠と話している。なぜか制服で。夕方近くになると、制服を着た初々しいカップルが、家の電話では話せないような会話をこそこそ話していたり、外人さんがハムカツをかじりながら公衆電話で長時間電話している。それが生まれそだった駅の「におい」であある。駅としての機能はもちろんあったが、私にとっては「広場」のような感覚に近い駅であった。特に何かを教えてくれたり、影響を与えてくれるものはなかったが、この「におい」が時々恋しくなり、実家に帰る口実になっている。
そんな野州山辺駅に背を向けて2時間ほど乗っていくと、終点にたどりつく。そこまでの間に、都会の洗礼(満員電車とう非日常的な空間)をたびたびうけながら。そして数分おきに電車がくる恐怖もこの北千住で経験した。あまり記憶にとどめておきたくない空気だ。金八先生で出てくる荒川の土手沿いの風景は別として。

そこから15分ほどすると、終点の「浅草」駅に到着する。駅を降りると、どこか人情味のある懐かしいにおいがする。タピオカやパンケーキのような甘いにおいでない。都会の洗練された感じともまた少し違う。もちろんスカイツリーなんぞはまだまだ後の時代だ。うまく表現できそうもないので、「下町」という言葉に置き換える。
ここのにおいは私の大学時代から今にいたるまで何十年たってもそのにおいは決して変わっていない。古びたおもちゃ屋、地下街の飲食店は今も変わっていない。王貞治やおニャン子、吉永小百合のブロマイドを置いてる店も通るたびに同じ位置にあった。

そんなのにおいもわるくはないが、さらにもっと好きなのは牛鍋や天麩羅、醤油せんべいのにおいがもれなくしてくるところだ。マクドナルドさんもあるが、この浅草のにおいには参加できない。嫌いではないが。このにおいを引き連れて、毎回2時間かけて田舎に戻って行ったものだ。たとえ北千住のほうが乗り換えに便利でも。

なんだかおなかがすいてきた。またあの牛鍋屋の太鼓の音が聞きたくなってきた。食べた後は、浅草駅90周年記念乗車券と、地下商店街のにおいを嗅ぎに寄り道していこう。浅草の駅って、結局長い月日が流れても、こういう気持ちにさせてくれる駅なんだよね。90周年おめでとう!!!




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