健康あっての教師人生

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さようなら チケットぴあステーション1474/JUN.21

初めてチケットを買い、友達と観に行った工藤静香のライブ。忘れもしない中学2年の夏。

美術の時間をこっそり抜け出し、隣のタバコ屋の公衆電話に行き、無我夢中でひたすら電話をかけ続けた。人生で初めてこんなに話中を味わったのもこの日が最初。約10分後奇跡的にチケットをゲット。世の中を知らない自分はもうそれで事は済んだとてっきり思っていた。

『大事な番号を伝えるので控えて下さいと』と殺生な案内を受ける。その時は予約番号などあるなんて思ってもいなかったので書くものすらもっていない状態。

未熟な自分は、これ以上なく友人を急かし速攻で下の地面に石で番号を書かせ、隠れながら美術の時間に戻った。(ちなみに美術の時間は外で神社の写生であった)そして学校が終わり地元足利市の「アピタ足利店」のチケットぴあステーションに行った。それが自分とチケットぴあとの初めての出会い。

あれから約30年以上。インターネット販売を中心に、より利便性の高いチケットサービスを提供するため、チケットぴあ店舗は今月末をもってなくなる。

あまりにも思い出が多いので、1つ2つほど書いてみる。

真っ先に思い浮かぶのは、池袋サンシャイン近くの店舗。そもそも工藤静香の時のようになぜ電話という当たり前の方法を選ばなかったのか?

それは単純で人気アーティストの場合はほぼ電話で取るのは無理であった。なのでどうしてもGETしたいチケットは店舗に並ぶのが唯一の有効な入手方法だった。

あれは1990年の師走。サザンオールスターズは毎年のように年越しライブを横浜アリーナで行っていた、当時はTBSで生中継もしていた。もうとにかく一度は行きたかったので、友人4人と池袋のサンシャイン近くの店舗に徹夜で並んだ。

 夕方に着くと、すでにまさかの先着組もいた。その日の終電が近づくともう50人軽く超え、発売の10時前にはかなりの人数であった。

寝袋は持ってきたが、寒くてあまり寝付けず、並んでいる人たちと雑談をして朝が来るのをまった。雑談の詳しい内容はおぼろげながらおぼえている。確か今年一部で公開される『稲村ジェーンは歌以外はかなりひどかったね」みたいな話だった。それと自分しか知らないサザンネタ(これはかなりきつい)みたいのを数時間聞かされた。

その後のことはあまり覚えていない。

そして9時50分ぐらいに販売員の気の利かない告知が大声で告げられる。「一番先頭の方でも大晦日のチケットは入手できない可能性もあります」と。おそらくこの近くの学生のバイトくんのような風貌であった。トレーナーには何番だか忘れたが意味をなさない数字がプリントされていた。おそらく2000円はしないだろう。

しかし、そんな不安を煽る告知よそに、店舗のお姉ちゃんは頑張って入手してくれた。そのお姉ちゃんは当時好きだった「千堂あきほ」似だった。ちなみにそのお姉ちゃんもサザンファンで「私はファンクラブではずれました」みたいなことを言っていた。田舎もんの貧乏学生の自分等に優しく、あたかも徹夜の労をねぎらうように対応してくれた。

2つ目は大宮駅のチケットぴあの店舗

90年代の巨人VS阪神戦のチケットはスポーツ界では超入手困難チケットであった。少なくともJリーグが開幕する前までは。

しかもその伝統の一戦が土日だったり、阪神がやたら調子が良いと、平日ですら5分で売り切れていた。そんなプレミアなチケットだったので、店舗の列には893風の人がかなりならんでいた。酷いときは、不労者を並ばせていた。

昔は阪神強いと警察多数

 そんな入手困難なチケットもサザンの時と同じように店舗で徹夜を何度かした。そこで数人の阪神ファンと仲良くなり、最近もなぜか交流がある。

 このように、チケットぴあの店舗を通じて、同じ趣味の仲間ができ、全国各地の会場に足を運んだ。また、意中の相手を誘ってコンサートにも行った。いわば私の青春時代を彩るホットステーションであった。今はただ感謝感謝である。

そういえばあの時サザンのチケットを入手してくれた森高千里似ではなく、千堂あきほ似のお姉さんは今は何をしているのだろう。もしかしたら今もその店舗で働いていて、あの時の自分たちのように優しく気さくに声をかけてくれて、10時直前に全神経を指に手中させてボタンを押す準備をしているのだろうかな。

だとしたら、お疲れさんの一言ぐらいかけてやりたい。そして6月25日に発売される『稲村ジェーン』のDVDを退職祝いに渡してやりたいね。

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