九歳の頃。学校に忘れ物を取りに行くために、走っていった時。突然、走ること自体が、うれしくてしょうがなくなった。それで、気持ちが止まらなくなって、ぐんぐんと、加速してみた。
景色は飛ぶ去り、自分はおどろきながら、さらにぐんぐん加速していった。
体が軽すぎて、気をゆるめると手足がどこかにふっととんでいくいそうだった。
足の速さがからだに追いつかなくて宙にういてしまいそうでこわかった。
どこかにはじめ飛ぶような気がして、一瞬ぞっとして、足をおそくゆるめたら、もう一度、あんなふうに走ろうと思っても、走れなかった。
もしかして、あのまま走っていたら、空を飛べるかもしれないと、本気で思った。
今でも、あの時の感覚をふっと思いう出しては、空を飛ぶ方法を考えるのです。
今日は何の日
体育の日
運動音痴の自分の唯一好きだったのは、走ること。短距離走じゃまるでだめだったけど、マラソンはわりかし得意。ひとりでたんたんということが、自己完結型の自分の自分に合っていたかもしれない。
どんくさい自分が、前の方を走っているので、親は運動会でおどろいていた。
運動ができる人には、いつも憧れる。しぐれた芸術家と同じと思う。集中力がひかっている一瞬は、魂が、まるごとそこにあるように、美しく感じて、ひきつけられる。
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