小石川の切支丹坂から極楽水に出る道のだらだら坂を下りようとしてかれは考えた。『これで自分と彼女との関係は一段落を告げた。三十六にもなって、子供も三人あって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿馬鹿しくなる。けれど・・・けれど・・・本当にこれが事実だろうか。あれだけの愛情を自身に注いだのは単に愛情としてのみで、恋ではなかったろうか。』
数多い感情ずくめの手紙ー二人の関係はどうしても尋常ではなかった。妻があり、子があり、世間があり、師弟の関係があればこそ敢えて烈しい恋に落ちなかったが、語り合う胸の轟、相見る眼の光、その底には確かに凄まじい暴風が潜んでいたのである。機会に遭遇しさえすれば、その底の底の暴風は忽ち勢いを得て、妻子も世間も道徳も師弟の関係も一拳にして破れてしまうであろうと思われた。
少なくとも男はそう信じていた。それであるのに、二、三日来のこの出来事、これから考えると、女は確かにその感情を偽り売ったのだ。
蒲団 田山 花袋

日常で用いる話し言葉に近い文章で綴る『自然主義文学』の代表作の一つで、当時としては新しい表現方法でした。
男女の複雑な感情のもつれを露悪的なまでに描ききった、その心情描写が見事というほかありまえせん。
物語の内容やあからさまな性描写などに対して当時は賛否両論が巻き起こるなど、大きな反響を呼びました。
蒲団 田山乞食
妻と3人の子と東京で暮らす作家、竹中のもとへ、岡山県から19歳の女学生、芳子が弟子入りを求めて現れる。竹中はこれを許可し、芳子を東京に招く。
やがて芳子に恋愛感情を抱くようになるが、奔放な芳子は田中という若者と恋仲になる。
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