昨日とは打って変った女の態度に、清吉は一と方ならず驚いたが、云われるままに独り二階に待って居ると。凡そ半時ばかり経って、女は洗い髪を両肩へすべらせ、身じまいを整えて上がって来た。 そうして苦痛のかげもとまらぬ晴れやかな眉を張って、欄干に靠れながらおぼろにかすむ大空を仰いだ。『この絵は刺青と一緒にお前にやるから、それを持ってもう帰るがいい』こう云って清吉は巻物を女の前にさし置いた。『親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨ててしまいました。お前さんは真先に私の肥料になったんだね』と、女は剣のような瞳を輝かした。その耳には凱歌の声がひびいて居た。『帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ』清吉はこう云った。女は黙って頷いて肌を脱いた。折から朝日が刺青の面しさして、女の背は燦爛とした。
刺青 『谷崎潤一郎』より
あ ら す じ
刺青師の清吉は、かねてより美しい女の肌に自分の魂を彫り込みたいと思っていた。
簾から垣間見た女の足に魅せられ、その美女を誘って、女郎蜘蛛を彼女の肌に彫る。刺青が完成したとき、
美女の背で、蜘蛛はまるで生きているように、妖艶な輝きを見せた。

【一口感想】
巨大な刺青を入れられた小娘が、泣き悲しむどころか魔性の女へと変貌する設定が斬新で、不思議な清々しさすら
感じます。男を肥やしに強い女へと成長する展開は、現代の恋愛映画やドラマにも通じるものがありそうですね。
また、『置いた』『云った』すべて『〜た』の形で終わるところが小気味いい。
『脱いだ』ではなく、あえて『脱いた』。音読向きの至極の作品ですね。

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