思考力を鍛える一つの方法として、話すこととともに読解力や理解力を鍛えることである。情報を読み解く行為そのものが思考する行為そのものが思考する行為であり、『読解力や理解力に優れた人=思考力がある人』と判断できるからです。
OECDが行っている国際学習到達度(PISA)で、日本の『読解力』の順位が前回の8位から15位に後退したことが話題となりました。

教育業を生業としている身にとっても残念です。責任も感じます。
数学にしろ社会科にしろ、全ての教科を習得するときの基礎は読解力にあります。文章を読解できないのは、思考力がほとんど働いていない状態と考えられています。
そんな時に声高に叫ばれるのが、読解力をあげるためには?ということです。真っ先にあげられるのが『本を読みなさい』。ということである。勿論そうだと思います。
見方を少し変えてみると、聞いたことを正しく理解して答える力を、普段のおしゃべりだけで鍛えようとするとするのは困難です。普段のおしゃべりは『共感』さえあれば、論理的にアバウトでも成立します。しかし、ビジネスやアカデミックや場では論理的な受け身が求められます。だから、相手の話や文章を読み解く力を磨く訓練が必要です。
思考中毒は活字中毒から始まる
訓練方法
特定の出来事や状況について、その本質を理解して見極める力があれば、それに対する具体的な対応策を考えることが可能となります。
『ユーザーは本当に何を欲しがっているのか』、『保護者は何を主張したいのか』等。これらの本質を見極めて考える能力が、最適な仕事へと直結します。

そして、その本質をつかむ訓練をする上で、文学作品を読むのは非常に有効な手段と著者はのべられています。優れた文学作品には、文章の裏側に感情の本質が隠されています。その本質を読み取るところに、読書本来の醍醐味があります。ちなみに映画の醍醐味にも似ているよな気がします。

活字を読み、そこからあれこれとイメージを広げて面白がったり、ワクワクしたりする。こういったたいけんはあ、直接的に思考力を鍛えてくれる効果があります。『思考中毒は活字中毒から始まる』、あるいは『活字ちゅうどくになれば、思考は止まらなくなる』ともいえるのではないでしょうか。
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