健康あっての教師人生

⭐️教壇に立ち続けるために、『今』できること⭐️

誕生日の夜 1389/MAY.23

 あるとくべつな夜に、あるとくべつな女性と、逗子の海岸沿いにある高級イタリア料理店に行って、夕食をとともにした。

といっても要するにうちの奥さんと、誕生日を祝ったというだけのことです。なーーんだ、つまらないですね。つまらなくないか。それはまあいいや。

 逗子らしく、夕日がきれいなロケーションに店はある。テーブルとテーブルのあいだは適度に離れ、分厚いワインリストがあり、本格的なソムリエもでてくる。真っ白なテーブルクラスとキャンドルライト。

音楽はなし。心地よい静けさと二人の会話が、バックグラウンド・ミュージック代わりになる。料理は北イタリア風で、手のかかった本格的な仔牛のカツレルがでる。だいたいの感じはわかっていただけだでしょうか?

 要するにちょっと気取ったリストランテだ。値段も安くはないし、そう頻繁に行ける店でもない。うちらがテーブルについたとき、少し離れた席に若い男女がいた。まだ夜も早かったし、客はうちらとその人たちの二組だけだった。太おそらく男性は30代前半、女性は20代半ばで、どちらも顔だちはよかったが、都会的な感じではなく、あまりスマートな雰囲気でないカップルであった。イタリアのレストランであったら、間違いなく窓際には座らせてもらえないだろう。トイレの近くかもしれない。

最初にワインを選び、料理を注文し、それが運ばれてくるものを待ちながら(当然携帯はNG)、二人の会話を聞くともなく聞いていると、(というか勝手に聞こえてきたんだけど)、「この二人は深くなりそう直前あんんだな」ということがわかった。内容的にはごく普通の世間話をしているだけなのに、声のトーンでおおまかな筋は私でも推測できる。自分もいちおう教師のはしくれなので、そのへんの男女の心の機微はある程度読める。(対象が子どもではないが)。

男性は「そろそろ誘うおうかな」と思っているだろうし、女性のほうも「応えてもいいかな」と思っている。うまくいけば食事のあと、どこかのベットに向かうことになるかもしれない。テーブルの真ん中にフェロモンの白い靄が漂っているのが見える。

 うちらのテーブルといえば、結婚して15年にもなるので、もうフェロモンはあまり漂っていないかもしれない。会話も娘の部活や、ペットの話、ガーデニングの話題が多い。でも幸福そうな若いカップルというのは、はたで見ていても悪くはない。

でもそのような約束に緑取られた美しい雰囲気も、リゾットが運ばれてきたときに文字どおり雲散霧消してしまった。というのは、たまたまいちらのテーブルのキャンドルが消えた途端、さっきまでいい雰囲気でしゃべっていた男がk急に大きな声で「すいませーーん!他のお客さんのテーブルのキャンドル🕯が消えましたよ!」と。おそらくその声は海岸で飛んでいるカモメにも聞こえるぐらいの声で。

 さらにその男は、店内の電気が一時消えた(誕生日プレゼントの私の演出)時は、何かの危険を察知したのか店の外に走って出て行ってしまった。女性を置いて。もし宇宙人と会話ができる人間がどうい人かと問われたら、間違いなくこういふ人なんだろう。実際は10分後に何事もなかったようにその男は戻ってきた。

奥さんの誕生日になると、この日の夜に見た、「あるカップルはその後どのような運命でをたどったのだろうか」と、思い出してしまう。宇宙人にさらわれていなければいいのだが。

今度は葉山の日陰茶屋で互いに声をひそめながら葉山牛が食べたいな。なんだか鎌倉物語ごっこがしたくなってきた。(終)

コメントを残す

健康あっての教師人生をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む