健康あっての教師人生

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3人の友をもて2063/MAY.15

高校の恩師の結婚式でのコトバを今でも覚えている。その先生は、けっこう個性の強い若手の女教員であった。少しだけ話すと、容姿は端麗か分からないが、とにかくお洒落で毎日違う服を着て、甘い香水がした。先生の専門は国語であり、特に古文の授業はとりわけ楽しかった。エピソードを一つ。

自分が一度だけ学校を休んだことがある。それは、友人と二人で川崎球場の最後の試合をズル休みをして観に行った。翌年からロッテは千葉に移転するためこの試合をもって川崎でのロッテの試合は最後となる。行かない選択肢などあるはずもなく、数日前から友人と念入りに計画を立てた。100%バレない自信もあとた。

翌日天気は雨だった。先生は朝の会で唐突に『◯◯、昨日は楽しかった?』とニコニコしながら話しかけてきた。すでにばれていた。🙃というのも、現地にいたテレ東のインタビューに答えてしまっていた。これだから田舎者は困るのだが。土田アナウンサーンに『今日学校は』と聞かれ『もちろんずる休みでーす。竹村先生、クラスのみんな。ごめんなさい!』と間抜に答えた。みたいなことを言って、その部分がもろ放映されていた。

先生のエピソードはつきることはないが、とにかう好き嫌いのはっきりしている先生であった。☺️好きな生徒にはあまり叱らない先生で、友達感覚で接していた。なので休みの日には自宅に呼んでしまう(結婚後)ちょっとおてんばな先生であった。まぁそんな近さがまた好きな要素でしたね。

一番の驚きは、結婚式をあの帝国ホテルであげたこと。そしてそんな場所にうちらは生徒として招かれた。たしか呼ばれたのは、7~8人だったと思う。田舎者の自分らが制服を着て日比谷に行くなんてもう一大事。しかも生徒代表で自分はスピーチをした。オレンジジュースをもった手は震え、先生の日頃の良いところを話したことだけは記憶している。タイトルの言葉を除いては。

その後、先生のスピーチでこういわれた。『今日ははるばる足利からみんなありがとう。みんなにはこれから素晴らしい未来がまっています。どうか道に迷ったたきは自分の長所、短所はどこにあるのか見つめ直してください。そして、3人の友をもってください』といった熱いメッセージをもらった。

あれから30年以上が経った。数えきれない人と出会いそして別れた。大事な友だちも自分のせいで失ったこともある。でも今でも中学時代からの友人3人とはつきあっている。腐れ縁だ。時には厳しく、優しく叱咤激励を互いにする間柄である。

そんな古い友達は、今でも大切にしている。それは、駆け引きなしに客観的に自分のことを把握してくれている。過去の自分と比較して現在よくなっているか、もしくは悪くなっているがを教えてくれる。

古くからいる確かな友人は、大事にした方がよい。そういった友人は自分を正しく見てくれる可能性が高い。なぜなら、人間は『原理原則を教えてくれる友』『直言してくれる友』『師と仰ぐ友』という『3人の友』と言われるが、この3者は、一朝一夕にできる友人のタイプではないからである。

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