哲学の世界を通じて、常に大きなテーマの一つひとつとして論じてられてきたのが、現象と実在の違いだ。この違いを、最初期の哲学者たちは思想の中心に据えていた。彼ら最初期の哲学者は、古代ギリシャの哲学者ソクラテス(前470〜前399)より前の時代に生きていたことから、ソクラテスは以前の哲学者と呼ばれている。

ソクラテス以前の哲学者たちは、実在するものの根本的な本質は、通常目にしている姿つまり現象とは大きく異なっていると思っていた。例えば、哲学者タレスは、現象がどうであれ、万物の根源は水だと唱え、ヘラクレイトスは、世界は火からできていると考えた。さらにヘラクレイトスは、万物は常に流転すると説いた。

それに対して別の思想家パルメニデスは、何物も実際は運動しておらず、運動と見えるものはすべて幻想にすぎないと主張した。
ソクラテス以前の哲学者たちは、実在するものすべてが、もっと根源的な実体でできている可能性を真剣に捉えていた。そして、普段の無批判的な観察からは誤った世界像は哲学のみならず現代科学の先駆けであったと考えられている。
後の多くの哲学者たち・・・例えばプラトン、スピノザ、ライプニッツなど・・・も、この系譜に連なり、実在について従来とは異なる説を提示して、自説の方が通常の常識的な世界観よりも真理に近いと主張した。
豆知識
1 現象と実在の違いは、古くから続く哲学的伝説のひとつ懐疑論でも中心的なテーマでもある。
2 カントも現象と実在の違いに取り組んだ。そして、私たちが経験を通して知る『物』と、その背後にある『物自体』とを区別した。
編集後記
私の好きな言葉にデカルトの『我思う故に我あり』という言葉があります。17世紀に、確実に実在するものを見つけようとして、目に見えているものやこれまでの常識、学問など、世界のあらゆるものの存在を、本当にあるのかと徹底的に疑いました。そうすることによって、本当にあるものを疑っている『私』は存在するという、結論に至りました。
これによって、確実に存在する『私』の『理性』を基準に、精神を主体、物質を客体として考察すりょうになりました。(心身二元論)
物事には正解、不正解はありません。でも、そのことを考える過程に意味があり、価値があります。特に、多様性が求められている現在。そういった中で合意形成する力が求められています。
そういった時代を生きる中で、教養として哲学を学んでおくと生きる幅が広がるように思います。
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