お島は血走ったような目一杯に、涙をためて、肉厚な自分の頬桁を、厚い平手で打ち返さないではおかない小野田に喰ってかかった。猛烈な立まわりが、二人のあいだに始まった。
殺しても飽き足りような、暴悪の念が、家を飛び出して行く彼女の頭に沸き返っていた。
暫くすると、例の女が間借をしている二階へ、お島は真蒼になって上がって行った。
『あの男と一緒になったのが、私の間違いです。私の見損ないです』お島は泣きながら話した。
『どうかして一人前の人間にしてやろうと思って、方々駈ずりまわって、金をこしらえて店を持ったり何かしたのが、私の見込みちがいだったのです』。
お島は口惜しそうにぼろぼろ涙を流しながら言った。
『どうしても私は別れます。あの男と一緒にいたのでは、私の女が立ちません』
荒いすすりなきが、いつまで経ってもやまなかった。
あらくれ 『徳田秋声』著

あらすじ あらくれ 徳田秋声
年頃の綺麗な娘であるが、男嫌いで評判だったお島は、裁縫や琴の稽古よりも、
外へ出て花畑の世話をするほうが性に合う女性だった。
7歳で裕福な養家に引き取られた彼女は、18歳となり、縁談の話が舞い込む。
婚礼当日、とうとうお島は新しい生活に夢見て、出奔してしまう。その後、様々あり、
小野田と共働きの生活に入るが、独立を決意する。

【音読を楽しもう】
普段はおだやかな人も、ここは本気で『食ってかかる』つもりになって感情を上げながら読んでみるといいですね。
さらに、男尊女卑の時代に『私の女が立ちません』と啖呵を切る場面は痛快ですね。お島のイメージをしてみると
さらに情感がこもりますね。

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